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浅田次郎  『プリズンホテル』
浅田次郎 『プリズンホテル』

『プリズン』とは監獄という意味です。決して癒してくれる小説ではありません。むしろ、はじめのころは、木戸孝之助に胸糞悪い言動が多く、また、三谷幸喜さんの映画『THE 有頂天ホテル』にも展開が似ている、と思ってしまい、途中で違う小説に変えようかと迷いながら、ただ、最後のほうは、一気に読み上げた、という感じです。

『お腹召しませ』『日輪の遺産』『五郎治殿御始末』『地下鉄に乗って』と浅田次郎さんの小説を読んで、いい作家に巡り合ったという期待感が大きすぎたからでしょうか。
そんな小説をこのブログで紹介するのは、その企図に反しますが、あとがきに…

『プリズンホテル』…には、ふしぎな負のエネルギーが凝り固まっております。粗野で凶暴で非常識で、全く油断のならないおどろおどろしい場所。

思わず、学校のある一面でもある、と思いました。そして…

しかし、時として、メジャーな世界の論理ではどうしょうもなくなった苦悩が、マイナーな世界のエネルギーによっていとも簡単に啓蒙され、解決されてしまう。世の中にあるこうした現象を描き出すことが、私(浅田次郎)のめざすところでございました。

あの胸糞悪さを仲オジのように、教育現場では受け止める余裕も度量も今の自分にはなく、仮にあっても仲オジのように借りもないし…。まして、相手が自分と同世代の大人なら、いい加減にしろや、と思ってしまいます。ピッチャーフライをピッチャーが「オーライ」とも言わず、前もって、キャチャーには「あのバッターのフライは捕らんよ」と公言されてしまい、自分が外野からフォローに走って、結局自分が取り損ねたときの虚しさを思い出してしまいました。

また、しばらくして『プリズンホテル』の2、3巻目に手を伸ばす気になるころには、また復活して、戦闘モードにもなって、自分に向かって飛んでくるバットに目もくれず、またの間で暴走単車をはさんでキーを抜いて止めれるようになっているかもしれません。いや、もうそんなことはやめよう。

「からおけバーしがらみ」のネーミングは最高です。
prisonhotel
プリズンホテル〈1〉夏backここからAMAZONのサイトに入れます。

 
author:yuu-utsu, category:雑感, 16:39
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浅田次郎 『蒼穹の昴』
「心・技・体」とよく言いますが、そんなにバランスよく人間は成長しないと思います。蕨もちのなべをしゃもじでかき回しながら、待つしかない、そんな薬はない、と考えていました。今朝の中日新聞に「朝青龍がうつ手前」と書いてありました。

朝青龍は食欲がなく、会話もスムーズにできない状態で、モンゴルでの療養を希望…
本人は「反省している。つらい」と話しながらも「復帰したい。頑張りたい」と再起への意欲…
師匠高砂親方(元大関朝潮)は「モンゴルへ帰ればいいという話ではない。ある程度、辛抱するのも必要」…
北の湖理事長は「病状がはっきりした場合には対応を真剣に考えたい」とコメント…


強いけれど心が未熟な朝青龍。あまりに強すぎて大関のままにして待てなかった相撲界。判官贔屓の日本国民。朝青龍が負けると後ろの席から前の席の客に座布団を投げつける。みっともない。結局、優勝してしまった朝青龍。しらけた観客にむかって、笑顔で応援ありがとうと不器用にマイクで吠える。怪我の真否はわからないが、やっぱりストレスがたまっていて、どうしてもモンゴルへ帰りたかったのだと思う。スカッーとサッカーをしてしているのが不憫に見えてくる。昔、憎たらしいぐらい強かった北の湖理事長ならその気持ちが汲めるかもしれない。親方失格の高砂親方は、急に態度が厳しくなった。最期まで朝青龍によりそえないままか?…

今、浅田次郎さんの『蒼穹の昴』を読んでいます。

中国の清王朝の話ですが、モンゴルの狩猟民族である女真韃靼族には長子相続という習慣がなく、部族を率いる力と知恵がある者がハーンの地位を継ぐそうです。そして、いったん皇位につけば、競い敗れた兄弟とその支持者たちに対しては容赦なく報復がなされるそうです。だから、清王朝の歴代の皇帝にはこれといった暗愚な者がなく、魅力的な個性の持ち主が多い、と書かれています。

その点、島国である日本は、日本人には「いい加減」にすませてきたのにおいおい…と思います。
「朝青龍を大関にもどしてでもモンゴルで静養させてください」
親方、出番です。

蒼穹の昴
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author:yuu-utsu, category:雑感, 15:40
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山崎豊子 『二つの祖国』
今日が始業式だったからか、いろいろ考え事をしたせいか、昨夜は久しぶりに眠れぬ夜を過ごしました。北のおこもり部屋には雨戸もありませんから、しらじらと夜が明けてきますし、新聞配達のスクーターの音ももろに響きます。タオルをアイマスクにしながら、それでも、明け方、やっと、うとうとしてみれた夢が復職した時の夢でした。そこぬは、見覚えのない同僚の中で、右往左往しながら、班ポスターのマジックを各クラス用にそろえたり、なぜか、風船を膨らましている自分がおりました。明らかにお荷物になっていました。

以前より成長したのは、眠れなくても、「眠らなくちゃ」とそんなに思わなくなりました。それと、考え事が性懲りもなくぐるぐるすると、その内容を枕もとにメモ書きすれば、なぜか頭の中から昇華されてしまうことを覚えました。時には、そのメモが翌日のブログのヒントにもなっていたりします。今回の記事はそのパターンです。

朝青龍の報道も下火になってきたのか、昨日の中日新聞では、
「解離性障害」などの治療のためモンゴルに帰国した大相撲の横綱朝青龍の兄、スミヤバザルさんがモンゴル国営テレビの取材に「朝青龍はモンゴルで3週間療養するために帰ってきた。それが終わったら日本に戻る」と語った。…
などと小さく書いてありました。

自分は医者ではありませんが、自分にあてはめて考えると、日本に戻る時期は朝青龍の意志よりも医者の判断に任せるべきだと思います。もし、朝青龍の意志を優先して、医者の自重を求める声に抗って、日本に戻ってきたとき、「横綱」から「お荷物」扱いに転落している自分に愕然として、病状を悪化させてしまう可能性が高いと思います。
また、相撲協会も親方もマスコミも世間も、「3週間って言ったやろ。はいつくばっても戻って来い」などと無茶を言い出す恐れも十分にあります。どちらにせよ、3週間後にこの問題が再燃し、問題がこじれることは必至です。今後のモンゴル青年の相撲界進出も大切なのはわかりますが、今からでも熟慮するべきだと思います。

山崎豊子さんの『二つの祖国』

アメリカに生まれ、アメリカ人として育てられた日系二世の天羽賢治が、太平洋戦争開戦と同時に、敵性国民として、両親と妻子ともども強制収容所へ送られ、その収容所で合衆国への忠誠を迫られ、弟の勇は志願兵としてヨーロッパ戦線で戦死、賢治は太平洋戦線で、日本軍にいたもう1人の弟の忠を誤射し、それでも終始、合衆国への忠誠を失わず、東京裁判の通訳をしたが、最後には反米分子の疑いをかけられ、尾行され、自殺する、という話です。

この小説は癒されませんが、読んでいると、日本の国技大相撲の世界でひたすら稽古を積んできた外国人力士が、今日の朝青龍の問題をどんなふうに感じているのか、いろいろ考えさせられます。
「二つの祖国」
二つの祖国〈上〉 (新潮文庫)backここからAMAZONのサイトに入れます。この画像は全集のものであって文庫本は違います。
author:yuu-utsu, category:雑感, 10:32
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山崎豊子 『不毛地帯』
山崎豊子さんの小説、とくに「不毛地帯」や浅田次郎さんのいくつかの小説を読んでいると、自分が生まれた昭和30年代の頃の日本のことを振り返りたくなります。最近はNHKアーカイブズなどという番組もあって、留守録して、当時の空気を味わったりもします。昔録画した歴史のビデオを引っ張り出してみて面白かったのは、NHKスペシャル『戦後50年 その時日本は』です。初代クラウン、安保闘争、三池争議、チッソ水俣、新日鉄誕生、大学紛争、沖縄返還、列島改造、オイルショック、国鉄労使紛争、プラザ合意…、それぞれ1時間ほどのドキュメントです。その中で、「第2集 60年安保と岸信介」を昨夜、見ておりました。

「岸首相が、なぜ、自衛隊を動員してまで安保を改定しょうとしたのか」というテーマの中味を要約するとこんな感じです。

敗戦後、A級戦犯容疑者として逮捕され巣鴨プリズンに収監された岸さんのファイルから始まります。「米軍は毛沢東軍抑圧するため、日本で義勇軍を組織し、防共の障壁にするといい」と獄中日記に書いた岸さんは東西冷戦下、3年で容疑不十分で釈放されます。

昭和25年に朝鮮戦争がはじまり、昭和26年に吉田茂内閣のもと、日本は独立を果たし、日米安保条約に調印します。

岸さんはそのあと、衆議院議員として復帰し、自由党憲法調査会会長になり、アメリカと対等の安全保障を結ぶために、「天皇は日本国の元首、国力に応じた最小限度の軍隊をもてる」という憲法改正を打ち出し、昭和29年に防衛省と自衛隊の準備が整う中、昭和32年に首相となります。

昭和35年6月19日のアイゼンハワー米大統領の来日までに、新安保条約の形を整えたい岸首相は、5月19日に500人の警察官隊を国会に導入し、5月20日の衆議院で自民党単独で新安保条約を強行採決させ、参議院を通さず、6月19日には新安保条約を自然成立させます。

その強引なやり方に反発して、6月4日、安保改定阻止のデモ隊が国会に突入し警官隊と衝突し、1人の女子大生の死亡者と救急車搬送者589人という犠牲者を出します。岸首相は、4月からデモ制圧に特車(戦車)もふくめ小銃使用訓練をして自衛隊の動員まで準備していましたが、思いとどまり、7月15日に退陣します。

この作品を見ると、以前は憲法9条が歯止めになっていて不可能だったのに、拡大解釈を積み重ねて可能にした海上自衛隊のインド洋での給油活動継続に、最期は体調を崩し退陣するほどに拘った安部さんのことが理解できそうな気がしてきます。今日のニュースでは、国連の謝意の決議案が採択されたそうで、これをどう対処するのか…。ただ、これは自分には禁じ手のように思えるのですが。

岸首相退陣のあとは、池田勇人が4年弱、自分も小学生になって、聞き覚えのある佐藤栄作が8年ほど、そして田中角栄、三木武夫、と続き、そのあと、「自衛隊を動かせば内戦になる」とコメントをしていた福田赳夫さんが首相になります。池田首相は、国民所得倍増計画を打ち出し、憲法論議からカネへと国民の目を向けさせます。ここらへんも憲法改正論議から棚上げされていた年金や格差社会、政治とカネの問題が焦点になっている今の自民党総裁選の動きと重ねて見ると興味深いドキュメントでした。

元陸上自衛隊の浅田次郎さんの「歩兵の本領」(こんな題名だったと思います)に確か、その当時の自衛隊の雰囲気が書かれていましたが、岸首相退陣の翌年生まれた自分の場合も、幼稚園か小学生のころに近所の友達と「安保、反対」とデモのマネごとをした記憶があり、あまり深くも考えず、中学3年の冬に海上自衛隊に合格し、担任の先生に成績証明書をつくってもらったり…。そういえばコムスンの社長も、そのあと、防衛大学にいったんやなあ…、とか、何も日本のことを知らないまま、若い人は自分の進路を決めていくのだなあ、と感じます。

岸さんが退陣後、こんなことを言っておりました。
「日米安保条約、日米対等の意味における相互防衛条約の義務を履行しょうとするならば、今の憲法は不適当で国民にも、憲法改正が必要で改正せざるをえないという気持ちを起こさしむるよう、宣伝と教育をやっていかなければしょうがない…きっと弟(佐藤栄作)が憲法改正の問題を引き継いでくれる…」

うちの長女が今年高校受験なのですが、夏休みが終わっても公民がまだ何も進んでいないそうで、どうも歴史に時間がかかったそうです。受験に間に合うのかな、と思いますが、日本の戦後史をしっかり勉強しないかんなあ、と思った番組でした。高校では日本史は必修ではなくなるそうでかなり不安を感じます。このNHKスペシャルの最期に「この50年の記録を次の時代のために使ってください」というナレーションが虚しく聞こえたりします。

あとで、年表をみていたら、ちょうど、岸首相が退陣した1960年(昭和35年)に、映画「チャップリンの独裁者」が日本で公開されたというのもなかなか興味深いです。

9月に入って半月がたちましたが、あまり調子が良くありません。逆に、昼間はひたすら読書に逃げ、夜はゴンチチを聞きながら寝る、という、ちょうど1年前のような状態にもどってしまいました。この時期に大丈夫かと心配にもなり、1年前の記録をみると今、動悸と頭痛がないくらいです。とうとう週1のビールもお預けになってしまいました。

「不毛地帯」
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author:yuu-utsu, category:雑感, 09:45
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池上彰 『そうだったのか!現代史』
JUGEMテーマ:読書


author:yuu-utsu, category:雑感, 19:22
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